ITプロジェクトと介護プロジェクトの違い ―― 成功の鍵は「技術」ではなく「人」

公開日:2025年11月10日

はじめに

「IT」と「介護」。
一見、まったく違う世界のようでいて、どちらも「プロジェクト」という形で進められます。
しかし、そのゴールの置き方や“成功”の定義には大きな違いがあります。

ITプロジェクトは「正しく動かすこと」が目的。
介護プロジェクトは「人が使いこなし、続けられること」が目的。

近年、IT業界でも“使われる技術”を意識する動きが進んでいますが、それでも個人差はあるものの「現場での価値観」や「優先順位」には、まだ隔たりが残っています。
このコラムでは、その違いを踏まえながら、互いを理解し合うための視点を整理します。

ITプロジェクト ― 技術で「正解」を積み上げる世界

ITの現場では、工程が明確で、すべてが数値で管理されます。
要件定義からテストまで、WBS(作業分解構造)に沿って進められ、目的は「予定通り・仕様通りに動作させること」。
まさに“再現性”と“正確性”の世界です。

背景には、ITプロジェクトには厳密な予算・工数管理があり、仕様変更が発生すると即座にコストが膨れ上がるという事情があります。

観点ITプロジェクトの特徴
目的業務効率化、システム導入、DX推進
成果物ソフトウェア、アプリ、マニュアル
関係者発注者、開発会社、IT部門
成功基準納期・予算・品質が計画通り
リスク仕様変更、技術的課題、スケジュール遅延

技術的に正しく、安定して動くことが最優先。
この「精度と再現性」を求める姿勢は、介護DXを推進するうえでも大きな力になります。

介護プロジェクト ― 「人の変化」をゴールにする世界

一方で、介護の現場におけるプロジェクトのゴールは“人の変化”です。
導入するのはシステムそのものではなく、より良い働き方や安心できるケアの仕組みです。

観点介護プロジェクトの特徴
目的利用者のQOL向上、業務負担軽減、人材定着
成果物ケアフロー、教育体制、運用ルール
関係者介護士、看護師、施設長、家族、ICT担当
成功基準利用者満足度、事故減少、離職率低下
リスク現場の抵抗、教育不足、人員不足

現場の声が成功をつくる

ある施設で、夜勤負担を軽減するために見守りセンサーを導入したところ、現場からは次のような声が上がりました。

「アラートが鳴りすぎて確認しきれない」

原因は、わずかな体動でもセンサーが検知してしまうほど感度が高かったこと
つまり、機器としては技術的に完璧に動作していたものの、現場の実際の業務環境とは噛み合っていなかったのです。

そこで、センサー感度や通知条件を現場と一緒に再設計
半年後には「これがないと不安」と言われるほど定着しました。

――“技術の正解”と“現場の納得”は、必ずしも一致しないのです。

お互いの「正解」を理解することが協働の第一歩

IT側の正解は「仕様通りに動くこと」。
介護側の正解は「ストレスなく続けられること」。

開発者は「機能を実装した」ときに成果を感じ、介護職員は「楽になった」「安心できた」ときに成果を感じます。

この“感じ方のズレ”を埋めるのが、DX推進担当者やICTリーダーの役割。
技術の言葉と現場の言葉を翻訳し、双方をつなぐことが成功の鍵です。

成功する介護×ITプロジェクトの3つの視点

①「技術」ではなく「行動」を見る

「記録が遅い」という課題の裏には、「夜勤中はPCの前に座れない」「Wi-Fiが届かない場所がある」など、“人の動き”や“環境要因”が隠れています。
行動を理解することが、本当の改善につながります。

② スモールスタートで信頼を積み重ねる

いきなり全体導入せず、まずは1ユニットから試行。
「助かった」という実感の積み重ねが、自然な拡大につながります。

③ “導入後”を設計する

介護DXのスタートラインは導入した日ではなく、運用が始まった日です。
月1回の振り返りで課題を共有し、改善を続けることで“定着”が生まれます。
フォロー体制こそが、DXの持続力を支えます。

結論 ― 技術を「人が活かす」プロジェクトへ

ITプロジェクトと介護プロジェクトの最大の違いは、ゴールの定義にあります。

ITは「動かすこと」
介護は「続けること」

どんなに優れたシステムでも、現場の人が「これなら自分たちの仕事が楽になる」と思えなければ意味がありません。
その“納得感”は、仕様書ではなく人との対話から生まれます。

介護DXの本質は、テクノロジーの導入ではなく人の変化を支えること
現場の声に耳を傾け、試行錯誤を重ねながら「使い続けられる仕組み」を育てていく。
ITと介護――この二つの世界をつなぐ橋渡し役こそ、これからのDXを成功へ導く、最も大切な存在です。

まとめポイント

  • ITと介護は「ゴールの定義」が違う
  • 技術の正解 ≠ 現場の正解
  • 双方の立場を理解し合うことで、より良い協働が生まれる
Writer
八十浩文
八十 浩文 / Hirofumi Yaso
株式会社エクセレントケアシステム 執行役員 / 情報システム部 部長(CTO)

システム開発や技術戦略の立案を担うCTOとして、2024年より現職。25年以上のエンジニア経験に加え、ITコンサルタントとして公共・医療・製造・介護分野の業務改善プロジェクトに多数携わる。 また、過去にはソフトウェア企業の取締役として事業推進を担い、経営視点を踏まえたシステム導入やDX推進に強みを持つ。現場と経営の両面から、持続可能な技術基盤の構築に取り組んでいる。